21世紀、北海道が世界の目標になる!
日本古来の精神・哲学にもとづく新しい実験ミニ市国づくり論
北海道過疎地立国論
THE ANOTHER WAY of HOKKAIDO
過疎地ミニ市国建設と北海道新生
お金をかけず楽しく健康に暮らせるまちを創る方法
著者:阿井 上男
はじめに
私は、北海道が大好きです。北海道で生まれ、育った私は、東京や本州の府県に行くたびに、北海道のすばらしさ、広々とした美しさや空気の透明感を改めて実感します。
今、私は50歳をいくつか過ぎ、そろそろ残りの人生も少なくなりました。
同志ともいえる同年代の仲間が、今年(平成19年)、年が明けてから次々と癌でこの世を去りました。
そんなこともあり、まだかろうじて体力が残っている今のうちに、私はこれまで20年近く温め続けてきた自分の構想の実現に向けて、具体的に動き出したいと強く感じるようになりました。
生活費を稼ぐため、休みも返上して必死に働いていますが、例え私がこの業界であと5年同じように働い(け)たとしても、今のままでは、恐らく満足な老後を送るお金は貯まらないし、年金だって満足に得られないだろうという気がします。というか、今の延長線上にいくら努力しても、豊かな老後は送れない。それは実感というより確信です。
生活に追われ何とかしなければと思いながら、ずるずると20年近く経ってしまいました。
しかし、実情は北海道も同じようなものです。
国(中央・府県)からは経済的お荷物として見なされながら、何とか自立を、何とか経済活性化を・・とやってきた訳ですが、意に反して実情は悪くなるばかり。
やれ観光だ、やれ移住だ、やれIT基地化だ、やれ道州制だ・・云々。
もちろん色々な取り組み、展望や施策は必要です。しかし、北海道は(日本も)、北海道開拓の時のような「国家百年の計」、あるいは「建国の哲学」というようなものが、根本的に欠けているように私には思われて仕方ありません。
今、テレビをみても新聞をみても、日本の社会と日本を取り巻く国際環境は、どんどん悪い方へ傾いている、そう感じずにはおれません。
やはり色々な意味で、北海道も日本も世界も、ブレークスルーしなければならない時期に来ているのではないでしょうか。つまり文明としてのターニングポイントです。そのための新しい発想や哲学、やり方が求められているのだと思います。
そのような意味で、「北海道過疎地立国論」は、北海道がこれまでの生き方・発想をブレークスルーするための一つの現実的手法として提案するものです。
ブレークスルーするための方法ですから、もとより従来の延長線上・経済的観点から北海道の活性化を論じたものではありません。むしろ既存の社会システム、経済システムそのものの中に北海道低迷の根元的原因があるとの認識から、これまでの経済効率至上に替わる、あるいはそれを超える、より人間を幸福にし環境にもやさしい(持続可能な)新しい社会システム・環境・制度を創り出すにはどうしたらいか、実現可能なその具体策を模索したものです。
つまり、現今の「枠組み」の中からの発想ではなく、立って依る「枠組み」そのものをつくり替えようという発想なのです。
では、既存の「枠組み」とは何でしょうか。
それは一言でいうと「経済効率至上」であり、「力づくの論理」であり、経済や武力による「支配VS被支配」という、これまで世界の歴史を動かしてきた、そして今も動かしている西洋流の論理、西洋流の哲学と、それに由来する社会制度や経済システム、などです。
その反映が、最近流行の欧米流・アメリカ流のやり方を世界に力づくで押しつけるという「グローバリズム」「グローバルスタンダード」であり、「国際化」という生き方です。
日本と世界が、この延長線上に突き進めば、世界はあらゆる意味で今後ますます悪くなるばかりだと私は思います。
今、地球人類は、こまま行けば不可逆的に引き起こるカタストロフィーによって「破滅あるいは退化」するか、全く新たな道を切り拓いて「飛翔・進化」するかの瀬戸際にいるように感じます。
世界は今、これまでのような西欧流の「力づくの論理」に替わる新しい価値観・哲学・生き方を潜在的に求めているのではないでしょうか。
そのような意味で、これまでの欧米的価値観に替わる新しい世界スタンダードは、もしかしたら、西洋と東洋の文化・文明を積極的に受け入れながらも、それに流され支配されるのではなく、むしろそこから世界に誇る新しい日本独自の文化を産みだし創り出してきた《実績・経験》をもつ、日本人が創り出し、世界に提示し得るのではないかと考えます。
■お金に頼らず生きていける社会へのシフト
確かに、これまで世界を動かしてきたのは「お金」であることは、まぎれもない事実です。
お金は、たくさんあれば、ある程、良いに決まっています。
しかし、私がここに提案したいのは、「お金がなくても、安心して、楽しく、健康に生きていける」、そういう新しい社会システムが実現された「まち」を、北海道の中山間過疎地を舞台に、実験的に創ることです。しかも出来るだけお金をかけずに、です。
社会はひとつの有機体・有機的システムです。全体が関係しあい、支えあって成り立っています。
つまり、部分だけ変えようとしてもダメということです。ハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェア、そしてその基となる価値観・哲学・・・、全てを替えなければ、本質的に新しい社会は生まれ得ないということです。
「新しい葡萄酒は、新しい皮袋に入れよ」という言葉がどこかにあったと思いますが、単に形、うわべではなく、新しい、法律・制度・教育・技術・ノウハウ・ライフスタイル・環境・景観が必要であり、そのためには新しい価値観、新しい哲学、新しい意識が必要なのです。
これまでのやり方、考え方をいったん白紙に戻し、全てを一から見直し創り上げていかなければ、新しい「まち」を実現することは出来ないと、私には思われます。
だからそれは、敢えて言うならば、たとえどんなに規模は小さくても、「まちづくり」というよりは、新たな「国づくり」ともいうべきものなのです。私が「過疎地立国論」というのは、そういう理由からなのです。
そして新しい国づくりは、国やあるいは大企業など「お上」に頼ってするのではなく、むしろ全国・世界に哲学や志を同じくする仲間を募って、その人達の力とお金で実現するという発想です。
ある程度の条件と広さを有する土地さえあれば、この「過疎地立国」=「一例としての健康長寿村」を実現するのは、難しくはあっても、決して不可能ではありません。
急がば回れという言葉がありますが、北海道の過疎地方を舞台に脱20世紀型の新しい文化・文明圏のひな形を創り、そして世界に発信する。実は、それこそが北海道が生き残るため、そして北海道が世界に貢献するため、もっとも良い方法であると私は考えています。
「やがて北海道WAYが世界の目標になる!」
「やがて北海道WAYが世界のスタンダードになる!」
私は、そういう実現可能な「道」と「方法」をここに提案したいと考えています。
■北海道はなぜ過疎化するか
国土分業と工業立国化/北海道が割り当てられた役割
北海道は、昔から経済的お荷物として中央(府県)から見なされてきました。外貨を効率よく大量に稼ぐことのできる工業製品に対し、土地規模と自然条件に左右される農業(製品)は、商品として比較した場合には単価も安く、極めて不利です。しかも、次々と買い替え可能な工業製品に比べ、食品は、ある程度以上食べたらもう食べることができず、消費量に限界があります。しかも保存期間も極めて短いという不利があります。つまり、「農業」を基幹産業とする限り、北海道と本州の格差は永遠に埋まりそうにもないというのが結論です。
戦後、北海道は日本の農業生産基地・食糧基地としての役割が課せられ、この国策を背景に、大規模圃場の整備などが国家施策として積極的に進められてきました。
一方で、農閑期の冬場、東北や北海道の農村地帯から自動車や家電製品の製造工場へ数多くの出稼ぎが就労し、日本の工業立国を支えてきました。しかし今、工場労働力の多くは外国人就労者に替わられるようになっているのではないでしょうか。
農業生産基地においては、田畑だけはありますが、それ以外の都市的機能の整備は、ある意味当然のように無視されてきました。かつて20年前頃(?)流行った東北出身の吉幾三氏が唄った歌に「ラジオもねえ!テレビもねえ!オラの村には電気がねえ!!」という歌詞があります。さすがに今はそんなことはないと思いますが、この歌詞はまさに生産機能だけに特化・偏化した地方農村地帯(あるいは漁村)の姿を正確に反映させている(いた)といえます。
生産効率の高い工業立国の中の農業地帯であり、かつ本州と津軽海峡で分断されていることが、今日までの北海道を経済弱者・経済的お荷物にしてきた根源的原因と考えます。
しかしこのことは一方で、北海道ならではの広大で美しい農村風景・田園風景を道内各地に形成しました。しかも、農業地帯には基本的に農業道路が整備されており、用水、電気などのインフラも整備されています。美しい農村風景・田園風景を背景とする「観光」や、特に「居住」という観点から見れば、これらは「未だ活用されていない膨大な潜在資源」といえます。
一方北海道は、札幌、旭川、帯広などのごく一部の都市部を除けば、大部分は過疎化進行中の地域です。いずれ21世紀半ばに日本は4人に1人が65歳以上の高齢者になると見られていますが、既に北海道の多くの過疎地域では高齢化比率はとっくに25%を超えています。
若者がどんどん都市へ流出してしまい、農地はあっても後を継ぐ者がいない世帯が増えているのです。いくら広大な農地があったとしても、それを耕作し管理する者がいなければ、土地は荒れてしまいます。富良野、ニセコなど観光でも成り立つ(?)ごく一部の素晴らしいロケーションをもつ恵まれた地域を除けば、多くの地方過疎地域では、人口減によりサービス業(商業、学校、病院等)がますます成り立たなくなり、地域の生活機能はますます劣悪化するばかりです。そのことが更に過疎高齢化に拍車をかける結果となるのです。
近年はさすがにそんなことを考える人はいないとは思いますが、農業の生産効率を上げるためには、アメリカ並の規模拡大、大規模圃場化が必要と考える人がいるかも知れません。
確かに大規模圃場化と大型機械化により、今よりも少人数で高い生産効率を上げることは、ある程度可能でしょう。しかし、地域人口がある程度以上少なくなれば、地域としての利便性・都市的機能、アーバンアメニティーは悪化し、地域コミュニティは廃れます。つまり田畑だけはあっても、人間が人間らしく暮らせる機能は、さらに悪化してしまうのです。
アメリカのように農地を金もうけのための道具と考え、人間らしい環境・生活を犠牲にして大規模・収奪型農業を展開し、そこでお金を儲けて、儲かったお金はよその街や外国へ出て使うという生き方も、確かにあります。
しかし、自分が毎日住んでいる身近な地域に、人間が人間らしく生きるための多様な機能・施設と美しい環境が整備されており、日々それらを享受し楽しみながら生きることの出来る地域環境とゆとりあるライフスタイルの方が、ずっと好ましいのではないでしょうか?
しかし、ある程度の都市的機能(利便性や文化機能)を享受するためには、どうしてもサービス産業がなり立つある程度以上の人口規模・人口の集積が必要です。
つまり、地域を活性化する上で一番必要なのは「人口を増やすこと」にあると極論することも出来るのです。「いかに地域の人口を増やすか」、それが地域の活力をとりもどす最大のテーマであると私は考えています。
■地域活性化の鍵は「人」である
「地域活性化の鍵は“人”である」とすれば、「どうやって人を増やすか」という問題が出てきます。
しかしその前に忘れてならない事は、「どんな人を増やすか」「どんな人に来てもらいたいか」です。
例えば、小樽の観光は、大阪からやってきた一人の硝子職人が始めた「北一硝子」の登場から始まったといっても過言ではありません。あるいは全国的に有名な富良野のラベンダーは、一人の農家のこだわりと頑張りから生まれたといっても過言ではありません。
つまり、最初から誰でも良いからとにかく沢山の人に来てもらおうとするのではなく、マイナーではあっても、「何かに強いこだわりを持っている人」、「クリエイティブな感性・才能・行動力を持っている人」、「発信力のある人」・・、そういう人に1人2人で良いから来てもらうことが大切なのです。
そういう、「こだわりの人」、「クリエイティブな人」、「自分なりの哲学を持っている人」、「チャレンジジャー」に来てもらうことにより、その人が核となって、地域に新しい風が起きるのではないかと思います。
だから、より多くの不特定多数の人に来てもらおうとするのではなく、ごくごく少数でよいから、こだわりの人に来てもらうことです。”誰にでも受けるまちづくり”をめざすのではなく、ごく少数の人に受けるまちづくりをめざすことです。
しかし、いくら人に来てもらおうと思っても、肝心の地域にそれだけの魅力がなければ、人は来てくれません。たとえ、土地をタダで提供すると言っても、それだけでは人は来ないのです。
北海道ならではの美しく広々としたロケーションと、大都市に負けない文化的感性や都市的アメニティ=利便性がなければ、便利で刺激的な生活に慣れ親しんだ都市の人には、田畑や山河以外には何もない田舎は、とても寂しく、不便に感じてしまうのです。
何より、歳をとれば老後の健康の問題(病院)や除雪の心配が、活力ある年代であればキャリアを生かせる収入の道、あるいは子供の教育の心配が、女性ならばショッピングやカルチャー面での不安が、田舎にはどうしてもぬぐえません。
都会人が田舎に移住を考える際にネックとなる心配のタネをあげたら、それこそキリがありません。
ただでさえ人口が減ってサービス産業もなり立たない過疎地に、いったいどうやって、都市の人が求める都市的利便性や文化的感性、そして美しいロケーションを創り出すことができるのでしょうか? しかも、お金をかけずにです。
私が考えるに、それは唯一、ある程度の規模をもつ土地に多様な機能と職業をもつ1つの「まち」を計画的に一気に創るという方法以外に方法はないと思うのです。
つまり、過疎地への新都(新ミニミニ市国)建設です。
いうまでもなく、一つのまちが「まち」として機能し成り立つためには、様々な職業が必要とされます。
商業、医療、教育、健康、文化、農、工・・・等々。だから、北海道ならではの「美しく広々とした環境・ロケーション・施設の開発」とあわせて、都市を維持していくために必要な人材(=プロフェッショナル)を新たな移住者として計画的に募集するのです。
このような方法により、北海道の過疎地に、北海道ならではの美しいロケーションと都市的利便性・文化的感性を有する「新しいまち」を創ることができるのではないかと、私は考えています。
もし、十分に魅力的な青写真さえ描くことが出来るならば、お金をかけず(つまり移住者に出してもらう)、世界中どこにもない魅力的な環境とライフスタイルをもつ「まち」を実現することは、あながち不可能ではありません。
成功の鍵は、ひとえに「どれだけ魅力的で現実的な青写真を描けるか」にかかっているのです。
■ロケーションがよい北海道の過疎中山間地に「農」をベースに新しい「まち」を創る
それでは、新しいまちは、どんな所につくるのが良いでしょうか?
私はある程度ロケーションがよく、かつ、1〜2時間の圏内に、ある程度の規模の都市があり、空港やフェリー港からのアクセスも良い、ある程度以上の広さを有する土地であれば、新しいミニ市国(の核)を創ることは十分に可能であると考えています。
そのような意味で、風景・ロケーションのすばらしい多くの北海道の過疎中山間地は、十分、新しい「まち」を開発する候補地となり得ると思うのです。
一番良いのは、ロケーションの良い北海道の過疎中山間農地を開放し、そこに「農」をベースとする新しい「まち」を創ることです。
国際化の波に晒される日本農業・北海道農業にとって、確かにある面、規模拡大と機械化による作業の効率化は必要かも知れません。しかし反面、規模拡大が立地的に不可能な多くの中山間地は、作業効率だけを追って行けば、放棄されるしかありません。
ですから私は、北海道の規模拡大可能な平野部などは圃場拡大・効率化をめざし、景色は良いが規模拡大が難しく、このままでは荒れ地化してしまうような中山間地などは、粗放型の「農」をベースとする新たな居住空間・都市的空間として、都市の人々に開放し、招き入れることが一番良いと考えています。
「農業」ではなく「農」をベースとする「都市的空間」という所が、実は最大のポイントなのです。
日本の食糧自給率はカロリーベースで40%といわれてはいます。しかし、日本の味覚のベースとなる「味噌」「醤油」「豆腐」などの原料大豆は、ほぼ100%近くが外国からの輸入に頼っています。酪農・畜産等に必要な家畜の飼料も、また殆どが輸入です。
一方、北海道は日本一の生産量を誇る米どころでもありますが、生産調整により水田が荒廃すると、イザ米不足になったとしても、すぐには米づくりを再開することはできません。人手の入った農地が一旦荒地化すれば、再び農産物を作れるようになるには、多くの労力と年月がかかるのです。
世界最大の食糧輸出国であるアメリカは、伝統的に食糧を政策武器として使っています。「言うことを聞かなければ、食糧を渡さないゾ!」と脅す訳です。
地球温暖化、異常気象、人口爆発・・・。いずれ世界的食糧危機・飢饉は必ず来るといわれています。日本が1つの独立国家であるならば、食糧の自給体制の確立と備蓄は、政府としてあまりにも当然の政策義務です。
しかし現実を鑑みると、主にアメリカからの外圧なのでしょう、日本はこのあまりにも当然な「食糧自給体制づくり」や「食糧備蓄」を、政府は半分放棄しているようです。
食糧安全保障の観点からいえば、本当は戦前のようにどの家にも庭があり、そこで家庭菜園をしたり鶏を飼うなどして、半自給的生活をすることが一番良いのです。
しかし、生産効率の面から国土を分業化し、工業地帯と農業地帯、都市と地方に国土を意図的に機能分化してしまったため、都会では地価が高騰し、土地を田畑にする位なら、駐車場にでもしてお金を儲け、そのお金で野菜を買った方がずっと「効率的」になってしまったのです。
第一、公務員でもない限り、家庭菜園をする時間的ゆとりも肉体的ゆとりも、なかなかとれないというのが、大半のサラリーマンの現状ではないでしょうか?何より、地価の高い都会に庭付きの一軒家を持つことなど、多くのサラリーマンにとっては、夢、大変な贅沢です。
日本の食糧安全保障の観点から言えば、このまま放っておけば荒れ地化するしかない中山間農地を、都市の人々に開放し、そこで粗放型自給的農を営んでもらうのが、一番現実的です。
売るための「農業」ではなく、自分たちが土に触れ楽しみながら、あまり手間暇かけず、お金もかけない半自給的「農」というのがポイントです。
売るためではく、自分達が食べるものだから、形はあまり重要ではありません。選別も必要ありません。自分達が食べるものだから、農薬も使わず、手間もお金もできるだけかけない粗放型の「農」を展開してもらうのが理想です。
ただし、農地の食糧生産機能維持が基本的スタンスですから、一般的な「宅地開発・開放」などという商業利益優先の形は避けなければなりません。あくまで自家菜園は菜園として、「農的利用の義務づけ」が必要とされる所以です。
一番良いのは、農業法人を新たに新設し、その社員として全国からの移住者を新たに募集する形です。
農家(農地)の定義は自治体によって違うとは思いますが、現今の法制度に合致する中で、農地を開放して自給的農、粗放型農、観光農業を展開することは、きっとできるのではないかと思います。
■地域活性化の原点は「お金をかけず、安心して、楽しく暮らせるまち」づくり
地域活性化の原点とは何でしょうか。
それは決して農業振興や「お金」ではありません。それらは手段であり目的ではないからです。
地域活性化の原点とは、結局、そこに住んでいる人々が、安心して、健康に、楽しく暮らせるようになることです。「健康」に「安心して」「楽しく」暮らせるようになった結果として、はじめて地域の人口も減少から増加へと向かわせることができるのです。
「豊かさ」とは「選択(肢)の多様性」と言い換えることができます。つまり、単に生きるだけ、食うだけではなく、人間が本質的にもつ体と心両面における多様で多層的な欲求や個性を満たすことのできる施設や機能や時間が整えられていることが「豊か」といえるのです。選択の多様性という面からいえば、農業生産以外の機能も施設もほとんどない農村は、「豊か」とはほど遠いことが分かります。
一方で、2025年には日本人の30%が65歳以上の高齢者になるといわれていますが、既に北海道の大部分の地域では高齢化は現実の問題となっています。
日本の平均寿命は世界一といわれていますが、その内容をみれば、寝たきり老人やボケ老人などの要介護老人になる確率は、西欧先進諸国に比べ3倍も高いといわれています。(ちなみに日本人1人当たりの薬の消費量も欧米の3倍とか。また世界の薬の1/3は日本人が消費しているともいわれている)
しかも、人口に占める有病率つまり病人の割合は年とともに増えていく一方です。日本は医学の力で、昔なら死んでいたような未熟児が助かるようになり、寝たきり老人が植物状態のまま何年もベッドの上で生き長らえるようになったため、平均すると寿命は伸びているように見えますが、個々の日本人は決して長生きになった訳でも健康になっている訳でもありません。
むしろ戦後の食と環境の悪化によって日本人は短命化していると指摘する学者もいます。周囲をみても、元気なのはむしろ明治、大正、あるいは昭和初期生まれの80歳、90歳になるようなお年寄りばかりで、40代、50代の働き盛りは癌などでバタバタという感じで死んでいる、というのが実感ではないでしょうか。
残念ながら、戦後日本がめざしてきた産業スタイルや社会システムは、むしろ人間の寿命を短くし、自然環境をも破壊する「自然と人間性に反するあり方」であったといえるのかも知れません。
健康は誰にとっても切実な問題です。医学・医療が進歩しているから、あるいは高額の保険に入っているから「老後も安心できる」というようなものでは決してありません。
若者がどんどん流出し、「このまま歳をとって動けなくなったら自分達はどうなるのか・・・」
将来が不安なのは、何も過疎高齢化の進む農山漁村の人達だけではありません。21世紀、日本全体が超高齢化する中、特に老後の健康と経済的な問題は、日本全国民共通の不安です。
このような社会にあって求められるのは、本来、何よりも歳をとってもボケや寝たきりにならないための予防医療の徹底、未病の発見・解消法の普及・一般化であり、そして、人が人らしく生きるための基本的生活機能がお金をかけず享受できる社会システムづくりであったはずです。
つまり、人が安心して、そして楽しく暮らしていくための医・食・職・住・充・学・遊の機能が、地域内にちゃんと完備されており、しかもそれらが基本的にタダかそれに近い料金で住民誰もが利用できるシステムを社会として実現しておくことが必要なのです。
もちろん、それらは本来は社会資本として国が整備すべきものです。しかし、日本のお金は日本のものであって、日本のものではない。国にお金がないのだから、当然、地方、特に北海道のような経済後進地域にお金があるハズがない。
とすれば、私たちは国やお上に頼るのではなく、自分たち自身で何とかそのようなシステムなり「まち」を創り上げていくしかないということになります。
普通、「まち」は自然発生的に生まれます。「まち」は、趣味嗜好、感性も考え方も全くバラバラな人達が偶然的に集まった不特定多数の集合体です。だからこそ、人が増えるほど、求められるニーズも飛躍的に多様化しせざるを得なくなるのです。(当然、ある程度以上の人口規模になればニーズ(種類)は飽和すると思われる)
しかしこれに対し、趣味・嗜好、感性、考え方などが近しい人を意図的に集め、医・食・職・住・充・学・遊はもちろん、将来的にはエネルギーまでも自給可能なひとつの生活圏=「まち」を創るなら、「まち」として求められる多様性は自然発生的・偶然的な都市に比べずっと少なくて済むはずです。
感性・趣味・嗜好・考え方などが近しい人達が集めてひとつの「まち」を創ることで、従来に比べはるかに少ない投資で住民が満足できる「まち」を創る可能性が出てくるのです。
具体的には、ロケーションの良い北海道の過疎中山間地などに医・食・職・住・充・学・遊の完備した1つの新しい「まち(の青写真)」を創り、そこに賛同する移住者を全国・世界から募集しようという発想です。
では、「新しいまち」はどこにどうやって創るのか?
それは、放っておけば後継者不足などで荒地化するしかない耕作放棄農地を集約し、そこを自給用粗放型「農」園、自然「農」公園などとして再整備し、そこに人間が人間らしく生きるために必要な機能(医・食・職・住・充・学・遊)を一通り集約整備する。人間が生涯にわたって健康に生きるために必要な予防医療体制(未病発見・解消)や先端教育、循環型インフラ等を整備して、全国の人々に「農一体型定住空間」として販売する、という方法が一つ考えられます。
このような方法で地域人口と高齢化にも対応しうる新しい社会システムを一気に整備しよう、そしてその中で、収入の機会も産み出していこう、というのが私の発想=過疎地立国なのです。
そして、新しい施設を整備するための初期の設備資金は、基本的に移住を希望する都市の人々に出してもらう訳です。
はたしてこのような発想によるまちづくり〜地域活性化は可能でしょうか?
可能かどうかではなく、「いかにしたら可能となるか」、という発想が大切です。
この構想が成功するかどうかは、いかに人々に共感し賛同してもらえる青写真を具体性をもって描けるかにかかっています。
もちろん、実現のためには、各方面にわたる調査や研究、ノウハウ開発等が必要なことは言うまでもありません。
■徐々になおすより一から創る
しばしば、つくり変えるより、新たに一から創った方がはるかに早いという事があります。
特に、システムが複雑になればなるほど、巨大になればなるほど、徐々につくり変えていくことは益々困難になり、一から新たに創る方が、何倍何十倍も早く、かつ何分の1、何十分の1の少ない労力・時間で済む・・という経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
色々社会に不備・不満があっても、図体の大きすぎる日本という国(あるいは社会)全体を急激に大きく変えることは、慣性が大きすぎて基本的に無理です。ましてや日本は民主主義国家であり、人々の自由意志を尊重することが建前になっていますから、例えそれがどんなに良いと思われることでも、1つのやり方や考え方を万人に強制するという事は、あってはならない事です。
しかし、もし仮に日本の中に多様な社会システムやライフスタイルを実現しているまちが各地にあり、それを人々が自由に見比べ体験した上で、自分達の住む所を自由に決めることが出来るとすればどうでしょうか。
いくら首長が「私のところはこんなに住民福祉に力を入れている」「いや、私のところこそ住民は満足している」・・と言い合っても、実際にそこに行って体験したり、住民の暮らしぶりや満足度を見れば、どちらがより優れているか、あるいはどちらが自分に合っているか、ハッキリと判るはずです。
人々を豊かに幸福にするまちには多くの人が集まり、そうでない所からは、徐々にあるいはあっという間に人がいなくなっていくはずです。(経済的等の問題を無視し、自由に自分の住みたいところに住めるならば、ですが)
何か新しいことをやるには、当然リスクがつきまといます。また、弊害も起きるでしょう。
だから、大きな「国」レベルの規模では、例えどんなに良い事でも、導入・実現までには、何年も何十年も、時には何百年もかかってしまうのです。(というよりは、多くの場合、自力では大きく変革できず、戦争や外圧によって始めて変われる(無理矢理変えられる)という方が当たっていると思われます)
■感性や価値観を共有する人達によるミニ市国の立国
このような意味もあり、私は、土地の余っている北海道の過疎地に、それぞれ感性や哲学の近しい人達が全国世界から集まり、その人達が今よりも良いと考える社会システムなり制度なりライフスタイルを新たに築いて、実験的なミニ市国を複数建設(=建国)してはどうかと考えるのです。これは、道州制よりももっともっと規模の小さい、「村」程度の人口規模によるミニミニ市国群です。
このようにして、各ミニ市国の独自性を認め尊重することにより、10年、20年と経って北海道の各地に、これまでとは全く異なる社会システムやライフスタイルや文化をもつ生活圏(=まち)を新たにいくつも実現することが出来れば、北海道は、もの凄くバラエティに富んだ魅力的エリアとなります。北海道は、いまでも日本離れしているといわれていますが、その北海道の中にさらに多くの外国が生まれるようなものです。
そしてそれらの「まち」の中から、現在の日本の社会システムよりも人々を幸福に豊かにする「やり方(=WAY)」が実現されれば、そのやり方(WAY)が、今度は水が高きから低きに流れ出すように広まり、やがては北海道全体、日本全体へ大きく波及し、日本全体を大きく変える現実的力となり得るのではないでしょうか。
つまり私の提案する北海道過疎地への「ミニ市国」建設(=建国)は、21世紀以降にも十分に対応しうる、「全く新しい社会システム・環境・ライフスタイル」を実現するための実験プロジェクトとも言うべきものなのです。
急がば回れという言葉もありますが、私はこのやり方(つまり実例を創る・見せる)が一番早く北海道を変え、北海道を活性化する方法であると考えています。もう一つおまけに言うと、唯一の、北海道を活性化させうる現実的手法であると考えています。
最近では住宅ディベロッパーによるコラボレート型住宅街の開発・販売もちらほら見受けられるようになっていますが、判りやすく言えば、これをもう少し規模を大きくして、かつ、ハード、ソフト、ヒューマン、環境、インフラ、ライフスタイル等のあらゆる面に渡って見直しを図り、新しい「まち」を実験的に創るということなのです。
そこはもはやこれまでの日本とは、環境も文化もライフスタイルも社会システムも大きく異なるので、たとえ小さくても、「まち」というよりは「国」というべきと考えるのです。
例えば「モナコ王国」という小さい国があります。人口わずかに数万人。ちょっとした市位の大きさです。また、イタリアの首都・ローマバチカーノの丘に「ヴァチカン市国」というのもあります。言わずと知れたカソリック教会の総本山であり、世界最小の独立主権国です。
私は、北海道にもこれと同じように、従来とは教育も医療も農業も環境もライフスタイル、さらには法律も制度も見直した新しい一つの独立圏「ミニ市国」を、実験的に北海道の何カ所かの過疎地に開発したら良いと考えています。新しい国造りへ向けた実験的プロジェクトです。
幸か不幸か、北海道はいくつかの都市部を除けば、大半の地域が過疎地であり、土地にはゆとりがあります。中山間農地など、農業生産には不適であっても、景観が美しく、道路、電気・水道などの基本生活インフラが整備済みで、ある程度以上の広さを確保できる土地であれば、ミニ市国(の核)を創ることは十分可能です。
これを、現今の農地法などと矛盾しない形で実現させることは、十分可能であると私は考えます。
このような方法で北海道の過疎地の何箇所かにオリジナルの発想・制度・技術等に基づくミニ市国を新たに建設することにより、その地域はもちろん、北海道全体を大きく活性化する起爆剤とすることが出来るのではと考えています。
■過疎地立国は第三の選択
ある意味で、北海道過疎地へのミニ市国建設という考え方は、第三の選択に似ているといえるかもしれません。第三の選択とは、地球が温暖化によりこれ以上人類が住めなくなった時、人類が生き残るために火星に移住させようという、イギリスのTVドキュメンタリー(?)番組のタイトルです。
当然、何十億という地球人類の全てを移住させることは出来ませんから、選ばれた小数の人間だけが移住することになります。
第三の選択は、1977年にイギリスで放映されたTVドキュメンタリー番組とのことですが、事実かフィクションかは別として、もし人類が生き残るため、限られた小数の人だけ別の惑星に移住できるとしたらどうでしょうか。
当然、その人選には、都市として機能させるに必要な各方面(あらゆる分野)のスペシャリストが極めて注意深く選ばれるはずです。
過疎地立国による健康長寿村建設の考え方も、まったく同じです。
必要なあらゆる分野のスペシャリストを注意深く段階的・計画的に集め、1つのまとまった都市圏=ミニ市国を構築しようという発想です。
そして国づくりのために必要な土地は 自治体が無料で貸与し、施設は移住を希望する人が出資する訳です。
その一つの具体的モデルを、私は「健康長寿村」という形でごく簡単に概要をここにまとめています。
健康長寿村は、食料もエネルギーも、教育も、文化も、医療も、職業も、何もかも基本的には自給自足し自立することが基本的目標・理想です。
めざすのは、お金をあまり必要とせずに、楽しく・豊かに・安心して暮らせる新しい社会システムであり地域環境を実現するところにあるのです。
これは別な見方をすると、新たにベンチャー会社を興こし、その社員兼株主を全国募集するようなものです。
開発すべき技術やシステム、あるいは文化は、生活と環境のあらゆる分野に及びます。
めざすのは、人々を 健康に、豊かに、幸福にするための 技術やシステム、ノウハウや環境です。
それらは現代日本の社会に十分実現されているとはいえません。
不十分であるばかりではなく、このまま行くと日本は益々悪くなるばかり・・。
そのような印象が強いからこそ、現今の社会の趨勢、社会ベクトルとはまた別の方向で、独自の新しいモデルを今のうちから実現していく必要があるのです。
■めざすのは お金をかけず 楽しく・豊かに・安心して暮らせるまち
今でもお金さえあれば、欲しいものはたいてい手に入ります。
しかし、私が提案したいのは、お金がなくても、楽しく・豊かに・安心して暮らせるまちです。
あるいは、住んでいるだけで誰もが120歳まで健康で長生きできる、環境や社会システム、ライフスタイルを築くことです。
しかも、そのようなまちを 余りお金をかけず、借金もせず、移住者が都会に家を建てるよりはるかに安く実現できないものかと考えています。
果たしてこの夢のような話は、実現可能でしょうか?!
私は、難しくはあっても、不可能ではないと考えます。
ただし実現のためには、少なくても最初に移住する人々は、全員が、必要な新しい技術やシステムを開発しようとするパイオニア精神をもつ各分野のスペシャリストであることが必要です。できることなら経済的・資金的にも余裕があった方が良いのは当然です。
そして、何より共通の価値観・哲学をもった人たちが、共通の目的・ヴィジョンのもとに一体となって取り組んで行ってこそ、はじめてこの健康長寿村=新しいミニ市国の建設は可能となるでしょう。
私は、十分注意深くかつ大胆に取り組めば、これまでの貨幣経済を超える 人がより人らしく生きることの出来る 新しい社会システムを築けるのではないかと考えています。
本企画書では、私の考える一つの新しい、現在の技術範囲で実現可能な新しい「まち」の核となる姿と、その具体的実現方法等について、可能な限り現実性のある形で探ったものを、ごく簡単にまとめてあります。
ただし、具体的な導入施策案、事業項目案等については、今後の新しい技術の出現等に応じてフレキシブルに変わり得るものであることは、予めご了承いただきたいと思います。(あくまで現時点・現段階での「試案」ということです)
追記
「コミュニティ」という名の幻影
最近、ある人から、「実際にコミュニティを創ろうとした人はたくさんいるが、結局人間関係が原因となり、成功した例は聞いたことがない・・」などのご指摘を受けました。
私は、「なるほどナあ」と思う一方で、「何か違うなあ・・」と感じました。
つまり、私がここで提案しているもの、目指している姿は「コミュニティ」を創る事ではなく、むしろ、ひとつの「目的」をもつ「組織(事業体)」と呼ぶべきものだからです。だから、私は「健康長寿村」のどこにも「コミュニティ」という言葉は、使っていません。敢えて「コミュニティ」という言葉を避けています。
実は、「コミュニティ」を創ること・成功させることは、「一つの条件」さえ守れば、簡単です。
その「一つの条件」とは、「組織としての事業を行わないこと。目指さないこと。」です。
「コミュニティは人間関係で失敗する」と言う場合、恐らくそれは「共同体メンバーの誰もが、他から束縛・強制されることなく、
己の思うがままに自由勝手に生きながら、皆が和気あいあいと楽しく仲良く暮らす」・・というようなイメージが頭にあるのではないかと思います。
つまり、気の合う人どうし、友達どうしが集まって生活を共にしながら、共通の理想をめざす・・というような。
しかし、コミュニティを成功させる、つまり「気のあう友達どうしが和気あいあいと楽しく暮らす」ためには、「共通の理想をめざす」や「共通の目的に向かって」・・などという項目は、外さなければなりません。
友達や気の合う人たちが、単に同じ土地に集まって、それぞれ勝手気ままに暮らしている「寄り合い所帯的な関係」である限り、人間関係が原因でダメになる、ということは、普通はあまり考えられないことです。
しかし、一旦、その共同体が、共同体としての目的、事業を行おうとすると、それはもう単なる「コミュニティ(単なる寄り合い所帯)」では、いられなくなります。
「事業を行う(めざす)共同体」は、「組織」とならざるを得ないからです。
「組織」=「ヒエラルキー」です。
即ち、意志決定権に序列が生ずるということです。
つまりそのことは、事業を遂行する上では「対等な友人」関係から、「上下」という関係に変わらざるを得ないことを意味しているのです。
仲の良い友達どうしが集まって創った会社の多くが、人間関係で途中からうまく行かなくなるのは、そういう理由からだと思われます。
だから、自由気ままに、みんなと対等に生きたくて集まった「コミュニティ」の場合は、「寄り集まって生きる」という目的以外に、「コミュニティ」として何か事業をやろう、何か目指そうとしては「いけない!」のです。
すべてのメンバー全員がある程度の境地=「無私の境地」にまで達しない限り、「個人として自由気ままに生きながら組織メンバーとしても矛盾なく生きられる」というのは、「絵に描いた餅」でしかないのでしょう。
それが出来ないからこそ、次善の策、否、次々善、次々々善の策として「民主主義」などという全ての人を均一化=対等に扱う「民主主義」「多数決」が生まれたのです。
言うまでもなく国は組織体です。まちや村も組織体です。もちろん会社はいわずもがな。だから、そこにはどうしても必然的に序列もしくは秩序(ヒエラルキー)が生まれる、必要となってくるのです。(秩序なき組織は、組織として機能しません)
ヒエラルキーが「悪」なのではなく、組織と個人の思い、願い、意志が矛盾・葛藤するところに、苦しみが生ずるのです。
あるいは、組織としての意志・思い・方向が天意から離れる、反するようになることが問題なのです。
個人と組織が矛盾・葛藤しなくなるためには、どうしてもメンバーがある程度以上の心境「無私」に達しなければなりません。
おそらくこの地球のどこかには、現実にそんな理想的なコミュニティが今もあるのかもしれません。
そしてきっと近い将来、地球人類がもっと進化すれば、個人と組織(全体)は矛盾・葛藤しなくなるのです。そうなるのが理想であるには違いないのですが、残念ながら現実の今の普通の私たち、大半の人間にとって、それはかなり(=あまりにも)ハードルが高すぎる、というのが私の正直な実感・感想です。
(哲学的にいうならば、本来、意志というのは「宇宙の意志だけ」があるのであって、それとは別に「個人の意志」というものは存在しません。つまり、「俺が・・」「俺は・・」という「思い」や「感情」や「判断」は全て偽物であり、「自我(意識)」から生じた幻影で、その幻影を幻影として正しく認識する=幻影を超える、というのが、今、私たち地球人類1人ひとりが超えるべき最大の課題=難問となっています。)
このような意味から、「健康長寿村」は、決して「コミュニティ」づくりを目的としているのではなく、組織としての「事業体」を、まずはめざすことが現実的と考えています。
「健康長寿村」づくりは「起業」であり「プロジェクト」であるというのは、そういう意味です。
「健康長寿村構想」とは「学園都市づくり構想」です
ここに描いた「健康長寿寿村」の姿は、あくまでも出来上がった将来の姿です。
そこに至る手法として考えているのは、「人間の心・体・頭のOSをバージョンアップさせる(つまり人間を進化させる=健康に幸福にする)ための研究開発&教育」を核とする「学園都市づくり」構想です。そのためのシステムを総合的に開発し、実践することが、「健康長寿村」の事業目的なのです。
つまり、学園を核として、その周辺に関連する機関や生活のための様々の機能・施設を徐々に開発することで、最終的に1つのまち=「健康長寿村」がエリアに形成される、とお考えください。
過疎地立国の具体的素案としての
「ニセコ健康長寿村構想/概念編」
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